ある夜



松方が宿直室に入ろうと戸に手をかけた時、後ろから声をかけられた。
上官の声に戸を開けようとしていた手を戻し向き直る。

「松方、お前今日宿直だったか?予定表では黒田司令官だった気がするんだが…」
「三條中佐。いえ黒田司令官の当番だったのですが、その別の用件が入ってしまい」
「伊藤大将の手伝いか?」

三條が松方の言葉を遮り尋ねる。

「はい。」
「そうか。まぁ黒田司令官には悪りぃが俺としては松方のが気が楽でいいな。
―――それにしても、今日宿直が当たった奴等はついてるな。」

人の悪い笑みを浮かべる三條に松方は苦笑いを返すしかなかった。
そしてその様子を見て三條は笑みを更に深くした。

「黒田司令官を悪く言えねぇか。」
「あの、黒田司令官が厳しいのは―――」
「あー、分かってるさ。これでも一応付き合い長ぇからな。」
「さて中の奴らにも朗報を伝えてやらねぇとな。」

三條は笑いながらそう言うと勢い良く戸を開けた。

いきなり大きな音を立てて開かれた戸に、中にいた二人の青年は驚いた表情で固まった。
しかし戸を開けた人物の軍服の色を見て慌てて姿勢を正した。

「本日宿直の任務に当たります第一大隊所属、宮原です。」
「第二大隊所属、伏見です。」

松方と三條から見て向かって右側の小柄な好奇心の強そうな目が印象的な青年が宮原。
左側のすらりとした体躯の切れ長の目をした青年が伏見。
対照的な雰囲気の二人だが緊張した面持ちは共通していた。

「特別分隊所属の三條だ。」
「特別分隊所属の松方です。今日は黒田司令官に変わり自分が任務に当たります。」

「宮原、伏見。お前らついてるな。」

肯定も否定も出来ず二人は困った表情になる。

「正直な奴らだな、顔に出てるぞ。」

そうからかいを込めて言うと三條は時計を見た。

「さて、見回りの時間までは少しあるな。コーヒーでも飲むか?」
「そうですね。淹れてきます。」

コーヒーを入れにいった松方を見て宮原と伏見は慌てた。

「自分が淹れてきます。」
と二人が言い出したが三條は二人を止めた。

「いいから座れよ。そんな気ぃ使ってると一晩もたねぇぞ。」

それからしばらくの間コーヒーを飲みながら雑談を交わすうちに宮原と伏見の緊張も解けてきた。
特に宮原は明るい性格なのか、自分の部隊の話や兵舎での出来事を楽しげに話した。
そして話が弾み話題が黒田の事になった時だった。

「松方中尉は御自身では何処が気に入られたんだと思いますか?」
「宮原。過ぎた質問だぞ。」

突然の質問に伏見があわててとめに入る。

「どうしても気になるんです。」

先ほどまでの明るい表情と違い真剣な表情にその場の空気が変わる。

「さて、そろそろ時間だな。松方、伏見と見回り行って来い。」

その空気を壊すように三條が言う。

「しかし―――」

松方反論しようと思ったが上官である三條の命令に従わないわけには行かず
伏見と共に部屋を出た。

松方と伏見が部屋を出たのを確認すると三條は一つため息をついて宮原を見た。
宮原は質問したときと同じ表情でじっと二人が出て行った戸を見つめていた。
三條はなんとなく落ち着かず首の後ろをを掻いた。

「宮原。黒田司令官が松方の何処を気に入ってんのかって話だが―――
お前、黒田司令官と松方が一緒にいるとこ見たことあるか?」
「いえ、ありません。」
「だろうな。あの二人を見たことある奴はそんな事は言わねぇよ。
―――黒田指令官は松方を気に入ってるっつぅか、必要としてんだろうな。」
「どう違うのですか?」
「そりゃぁ、―――なんとなくだ。口でなんか言えるかよ。」
「それにあくまで俺の憶測だからな。俺は黒田司令官じゃねぇから答えは出ねぇよ。
―――それは松方に聞いたって同じだぞ。」

「―――それでも聞きたいんです。」
「なぁ宮原。何でそんなに拘るんだ?」

言葉に詰まる宮原の表情を見て三條はため息をついた。

「まったく。あの方からは何か出てんのか?
まぁ確かに放っておけない方ではあるが。」

三條は自分の頭をガシガシと掻いた後その手を宮原の頭の上に乗せた。

「お前に取っちゃ今日はついてると言えなかったんだな。」

そう言いながら三條は宮原の頭を撫でた。


「―――三條中佐、首がもげそうです。」

乱暴すぎる慰めに、宮原は首の痛みを我慢できず訴えた。






「俺の何処が気に入られたか―――」

静かな廊下に松方の呟きが響く。

「宮原の言ったこと、気になさらないでください。」
「いや、正直言うと自分でも考えなかった訳じゃないんだ。
ただね、考えても答えは出ないんだ。」
「それでは迷ったりしないのですか?」
「迷うか―――、俺は自分でも迷いやすい人間だと思うんだけど
不思議とこの事で迷ったことは無いな。」

「理由を聞いても宜しいですか?」

「そうだね。黒田司令官の傍にいると感じるからかな。」
「何をですか。」
「自分が必要とされている事。言葉で聞いたことは少ないんだけどね。」

無意識ののろけ話のような言葉に伏見は言葉を失った。



松方君が黒田さん以外の特分メンバーと絡んでいないことに気付き書いて見ました。
宿直最初の設定では3人だったんですけどお話の都合上4人にしてしまいました(汗)
いつも黒田さんからの言葉なので今回は松方君に言って貰いました(笑)
ここまで読んで頂きありがとうございます。そしてリヤコさんネタ提供ありがとうございました!(2008.10.28)


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